小林富美・逝去に寄せられた友人・知人の言葉
  ―7月「富美さんを偲ぶ会」記録など


  通信「南の風」(TOAFAEC・小林文人発行)記事・写真など。敬称略、
  「ぶ」は小林ぶんじん、南の風・各号後記 (山口真理子編) TOPへ


南の風3834号(2017.5.12)
<小林冨美さんさん訃報・お知らせ>
  江頭晃子 Fri, 12 May 2017 13:14≫ *TOAFAEC事務局   

 昨年7月末から入院加療中でした小林冨美さんが2017510日夜に、心不全でお亡くなりになりました。享年86歳でした。
 富美さんは、働き続けた女性であり、学生でも誰でも面倒をみることを厭わず、いつも明るく好奇心旺盛で、「人」とおしゃべりが大好きで、ニコッといたずらっ子のように笑う顔が最高な方でした。
 
  ←2003年七夕の会・風の部屋 江頭さんと富美
 
 毎年、富美さんを囲んで行われてきた「七夕の会」で、冨美さんを偲ぶ会を開催する予定です(79日を予定)。近親者によるご葬儀−お通夜と告別式−は、下記の通り執り行われますので、取り急ぎ、お知らせいたします。
 ご家族の皆さまから、小さな式場でもあるので、ご無理の無いように、また、お香典等につきましては、ご辞退したい旨伺っておりますので、よろしくお願いします。
          記
・通夜  2017514日(日)18001900
・告別式  2017515日(月)10001100
・式場 堀ノ内斎場
    杉並区梅里1-2-27(丸ノ内線 新高円寺駅 徒歩8分)
      電話03-3311-2324
・喪主 小林文人

≪86歳の人生(ぶ)≫   
 昨年の「七夕の会」のあと、小林富美は緊急入院、約9ヵ月の闘病生活でした。今年に入って言葉も失いましたが、それでも対話してきました。声をかけると、うっすらと涙がにじむ目。「明日またね」といえば、小さくうなずくようなしぐさ。
 お見舞い下さった皆様に、御礼申し上げます。小さな兎の「夕焼けこやけ」オルゴールが、いつもベッドの横に。山口真理子さんは、枕頭で懐かしい童謡を歌ってくださったこともあったそうです。
 これまで何度も危篤の夜がありました。先週(ぶんじんは腰をいため)長男が病院に泊まりました。明け方「朗報!血圧が戻ったよ」と電話がきて、妙に安心していたのでした。
 頑張ってきた富美。しかし10日夜に、突然に彼女の鼓動は止まり、ふっと息も途絶えました。86歳の生涯でした。


南の風3835号(2017.5.16)
■≪井口啓太郎Tue, 16 May 2017 17:56≫ *国立市公民館         
  5月定例(第239回)研究会の案内>   
 14日は、小林富美さんのお通夜に参列させていただきまして、ありがとうございました。富美さんのお人柄と人生が伝わってくる暖かい雰囲気でした。私自身は、東京研究フォーラム(『大都市・東京の社会教育』編集委員会)事務局の会議で「風の部屋」へ通うなか、富美さんとお話する機会がございました。すでに介護をうけながら生活されている頃でしたが、会議後半いつもはじまる酒宴の席で江頭さんをはじめとした馴染の方々と談笑する富美さんの笑顔をよく覚えています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
    〔後 略〕

■≪金宝藍Fri, 12 May 2017 23:04≫ *東京大学・院      
 <富美さんのご逝去、お悔やみ申し上げます>    
 この度はお悔み申し上げます。心身共にお辛いところを、南の風を送って頂きまして、ありがとうございました。突然の悲報になんと申し上げてよいか言葉もありません…長年連れ添った冨美さんとのお別れ、どんなにかお辛いことと察しいたします。謹んで逝去を悔やみ、冨美さんが安らかな眠りにつかれることを心よりお祈り申し上げます。これから冨美さんにお会いできないと思えば、お力を落としのことと存じますが、どうぞお気を強くお持ちになり、くれぐれもご自愛くださいませ。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

■≪松尾有美Thu, 11 May 2017 21:16≫ *東京大学・院(ソウル留学中)
  <突然の悲報にただただ驚いて・・・>    
 先ほど李正連先生からご令室様が逝去されたという連絡を受けました。突然の悲報にただただ驚いております。三年前,中華料理屋で美味しそうに料理を食べる富美さんの笑顔が思い出されます。本来であれば直接お目にかかりお悔やみを申し上げたいところ,留学中で叶わずにとても歯がゆいです。
 心身ともに大変な時だと存じますが,先生もくれぐれもお体には気をつけてご無理をなさいませんように,遠くから想いを馳せております。ご令室様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

■≪末本 誠Sat, 13 May 2017 09:54 *湊川短期大学(学長)    
 <心からお悔やみを>
 奥様のご逝去、心からお悔やみを申し上げます。昨夜、農中茂徳さん(大牟田)から連絡を受けていました。連れ合いを亡くされる辛さ、心中お察し申し上げます。明日のお通夜には、参列させていただきます。

■≪岩本陽児Sat, 13 May 2017 00:00≫ *和光大学          
 
<高松出張中です>
 優しいお顔が目に浮かび、悲しくて悲しくて仕方ありません。先生のお悲しみ、いかばかりかと。帰りが来週のため、最後のお別れにさえ参上できないのです。それが切なくて。私に代わり、家人がお別れに参上させていただきます。お体、おいといください。

■≪モンゴルからの追悼詩(ぶ)≫  
 5月1415日の小林富美の通夜・告別式には、遠路はるばるの方を含め、大勢のご会葬をいただき、まことに有り難うございました。富美と想い出を語る皆さんのたくさんのお言葉と、あふれる花々に埋もれて、旅立っていきました。「喪主」はもちろん初めてのこと。この日が来ることは、ある種のあきらめ・覚悟をしてきたものの、やはり当日になってみると、悲しいものです。皆様のお顔と言葉に励まされて、南の風も途切れず、発行することができます。
 フフホトのボヤンバートルさん(内蒙古師範大学)から、思いがけないモンゴル語の追悼詩をいただきました。「『南の風』3834号から先生の奥様富美さん永眠のことを知り、心が痛みました。富美さんを追悼する詩を書き、先生にお送りします。主には富美さんはすばらしい女性でしたという意味を表したかっかのです。ボヤンバートル(Mon, 15 May 2017 13:17)」
 ありがとうございます。南の風メンバーといえども、モンゴル語を読める人は少ない。どなたかぜひ!日本語に翻訳していただけませんか。*南の風3838号・ハスゲレルさん訳(後掲)


南の風3836号(2017.5.18)
■≪呉 世蓮Wed, 17 May 2017 10:19≫ *韓国生涯学習研究フォーラム 
 <第75回韓国フォーラム・521日(日)午後3時〜風の部屋で>
 先日の「南の風」を頂いてから、突然の悲報に非常に驚きました。14日には、小林富美さんのお通夜に参列させていただき、ありがとうございました。富美さんの遺影写真を拝見した瞬間、いつも優しく受け入れて下さった素敵な笑顔を思い出しました。私は、富美さんを初めてお目にかかりましたのは、6年前の2011年7月の七夕会でした。留学生であることをお伝えしたら、とても明るい笑顔で優しく接して頂き、「本当に可愛いらしい笑顔の持ち主だな〜」と思ったことをよく覚えています。
  その後も、韓国研究会フォーラムの後に、ご一緒した中華料理屋さんや「風の部屋」の前のカフェ(チェルシーガーデン)での想い出など、とてもお人柄が優しく、あたたかい方でいらっしゃったことを覚えています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
  〔後 略〕

■≪韓 民Sun, 14 May 2017 09:08≫ *中国・教育部(国立教育発展研究センター) 北京より
 <ご冥福をお祈りします>  
 富美様ご逝去の報に接し、痛惜の念でいっぱいです。心から哀悼の意を表します。東京留学した時代、富美様の母親の如く温かいお心づかいを思い出しています。もうあの笑顔にお会いできないのかと思うと、悲しくてなりません。もう一度北京でご夫婦をお迎え、恩返しをしたかったが、永遠の遺憾となりました。富美様生前のご厚情を深く感謝するとともに、遠方よりご冥福をお祈りします。長年のすばらしい伴侶を失った先生のお気持ちを理解できますが、ご自身の健康を大事にして、早く悲しみの中から立ち直られ、強く生きて行かれますよう祈っております。   

■≪呉 遵民Sun, 14 May 2017 00:17≫ *華東師範大学  
 
<上海より>  
 
南の風から奥様がおなくなったことと知り、大変驚かされました。本来はお弔問など伺うべき処ではございますが、略儀ながらメールにて、悔しい気持ちを申し上げます。小林先生のこのようなお衝撃は如何ばかりかと想像できないほどです。ご無理をなさっておられる事と思いますが、是非どうかご自愛ください。奥様のお冥福を心からお祈りいたします。
富美と呉遵民さん・右(風の部屋、20121213) 


■≪ボヤンバートルMon, 15 May 2017 13:17≫ *内蒙古師範大学    
  <小林富美さんを悼む>  
『南の風』3834号から先生の奥様富美さん永眠のことを知り、心が痛みました。富美さんを悼む詩を書き、先生にお送りします。内容は主には富美さんはすばらしい女性でしたという意味を表したっかたのです。


■≪トクタホWed, 17 May 2017 07:16≫ *内モンゴル・赤峰学院   
 <小林富美さん追悼> 
 小林富美さんがなくなられたということは大変残念に思います。なんと言葉がでない気持ちです。私に残した富美さんの印象は明るく、面倒見が好き、心広いお母さんでした。お別れ会や通夜には、参列できませんが、心からお悔やみを申し上げます。

■≪包 聯群Sun, 14 May 2017 09:57≫ *大分大学          
 <ご冥福をお祈りいたします>    
 ご訃報、心が大変痛んでいます。皆様、ご自愛ください。富美さんのご冥福をお祈りいたします。謹んでお礼を申し上げます。

■≪的野 信一Sat, 13 May 2017 00:40≫*板橋区大原社会教育会館(館長)
 <ご冥福をお祈りいたします>   
 南の風でご逝去の報を受け、驚いております。こんな時ぐらいしか連絡もせず恐縮ですが、お悔やみ申し上げます。奥様がお元気だったころ、数回、お会いしてお話しをさせていただいたことなどを思い出しております。
 教え子でもない私に、奥様、先生とともに温かく接してくださった御恩、改めて心より感謝申し上げますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。また、先生におかれましては、腰を痛めておられるとのことですから、くれぐれもご自愛の上、ご葬儀等でお疲れが出ませんようにということもあわせてお祈りいたします。先生がお元気でおられることが奥様も願われていることに違いないですから、本当にお大事に。

■≪米山 義盛Sat, 13 May 2017 00:38≫ *信州伊那谷・松川町     
 <謹んでお悔やみ申し上げます> 
 奥様のご逝去のこと、謹んでお悔やみ申し上げます。お二人を囲む「七夕の会」や「新年会」で何度かお会いしました。その後、「風の部屋」にお伺いしたこともありました。華奢で健気さを感じられた方であると思いました。
 同い年のご夫婦でしたのですね。私の父親も昭和6年生まれで健在です。79日「富美さんを偲ぶ会」には何とか参りたいと思っています。
 富美様のご葬儀の前日には、私の遠縁の弓道を嗜む長野県の高校の数学教師の奥さんが55歳で亡くなられての葬儀となってしまいました。何方にも何時かは来る日ですが、それぞれに故人を偲ばざる負えません。私の母は65歳で1997年5月23日に亡くなりました。生きてあることを大事に日々過ごすことを肝に銘じて行きたいものとしみじみ思うものです。亡き富美様に合掌です! 

■≪内田 純一Sat, 13 May 2017 11:04≫ *高知大学     
  
<富美さんは独自な学生とのネットワークを>
 最愛の富美さんが他界された悲しみは、計り知れないものとお察しいたします。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 富美さんには院生の時代からたいへんお世話になりました。「会」が多い小林研究室にあって、先生に内緒で渋谷や永福で打合せをすることも何度かありました。私のプライベートなことについても気にかけてくださいました。富美さんは富美さんで学生たちとの独自なネットワークを構築し、それを楽しんでおられたように思います。闘病に入られてからは、風の部屋に行ってもお訪ねする機会はほとんどありませんでした。内モンゴルをご一緒したときのことなどが昨日のことのように思い出されます。
 直接にお礼とお別れをさせていただきたいところですが、大学と地域の所用があり参上することがかないません。メールで失礼ながらお悔やみを申し上げます。

■≪近藤恵美子Sat, 13 May 2017 18:22≫*元中央大学大学院、日本公民館学会創設期スタッフ
  <悲しい限り・・・>  
 奥様の訃報を南の風にて知りました。お悔やみ申し上げます。悲しい限りで、言葉が一つも見つかりません。お別れのご挨拶にも行けず悔やまれます。失礼をお許しください。文人先生にお疲れが出ませんように。
〔後 略 〕

■≪『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』刊行!(ぶ)≫  
  旅立った富美への追悼。電報・メール・書簡などいろいろ頂戴し、恐縮しています。本号にその一部を掲載しました(遠くからの来信のみ、全部は載せきれず)。有り難うございました。
 「・・・老けこんではだめですよ。まだまだ、先生がすべき仕事は残っています」「杖をついては文人先生らしくありません、早く快癒されますよう、どうぞご自愛を・・・」などの叱咤激励も。心して拝読しました。富美が重篤の状態に入っていくのと同じリズムで、当方の腰も萎えて立たなくなりました。告別式の席では、車椅子という不甲斐ない恰好でした。ご挨拶のときだけ杖にたよって、ようやく立つことができました。少しづつ快方に向かっています。部屋の中では杖なしで動く時間も増えています。持病再発、きっとよくなる、もとに戻る日が必ずやってくる!と楽観。ご放心ください。
 エイデル研究所・山添路子さんから待望のメール。「17日予定通り、『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』が納品されました。本の厚さについては東京本に近いものがありますが、東京本がレトロな雰囲気なのに対し、現代的な雰囲気の仕上がりとなっております。著者献本分を本日倉庫会社より発送いたしますので、早ければ明日お手元に届くと存じます(韓国の執筆者については、只今、発送の手続きをしておりますので、もう少々お待ちいただけますと幸いです)。・・・」(Wed, 17 May 2017 14:10 
 苦節5年の労作。東京本に続く取り組み、エイデル研究所、ご苦労さまでした。本の編集、「風の部屋」での作業が一段落すると、車椅子を皆さんに押してもらって香港調理「蘭」に食事に行った思い出、富美も参加しているような風景でした。



南の風3837号 (2017.5.20)
■≪藤田美佳Wed, 17 May 2017 12:48≫ *奈良教育大学        
 <お悔やみ、研究会(239回)に参加>    
 ご令閨様ご逝去のお知らせに接し、お悔やみ申し上げ、謹んでご冥福をお祈りします。かけがえのない伴侶の旅立ちを見送られた文人先生のご心中いかばかりかと拝察申し上げ、慰めの言葉も見つからないほど、ただただ胸が痛むばかりです。この上は、お力落としのためにご健康を損われることのございませんよう念じるばかりです。
 基礎教育保障学会理事会(大阪教育大)とその後の岡山シニアスクール見学により、お通夜・告別式ともに伺えず、ご無礼をいたしました。
 26日に科研の会議があり東京へ行きますので、終了後、下記・研究会におうかがいし、お悔やみをお届けできたらと思っております。お辛い時期にも関わらず、南の風を配信してくださったこと感謝申し上げます。
 少しでも文人先生が心穏やかな時間を過ごせるよう、我々はおかれたところで、力を尽くしたいと思います。心よりご冥福をお祈り申しあげます。合掌

■≪5年の歳月(ぶ)≫  3837(2021.5.20)
 新刊!『躍動する韓国の社会教育・生涯学習−市民・地域・学び』(エイデル研究所)を終日読んでいました。肌理細かな編集、質の高い本に仕上がったと思います。何よりも編集委員会の皆さんの努力、全体の主要部分はハングルからの訳出−膨大な翻訳を担当しリライトを重ねてきたスタッフの力量に拍手!
 各章に付されたいくつかの「注目ポイント」、「基本的な用語と訳語」、最新「平生教育法」、統計などの『資料編』が出色の出来ばえ。「韓国の平生学習の歩みが紡ぎ出す10の宣言・条例」がまとめられて(手ぼめになりますが)これも成功でしたね。その一つ、京畿道・平生教育士協会「価値宣言文」についての中村文昭さん(長野県上田市真田中央公民館)「南の風」記事も紹介されています(終章「日本と韓国の社会教育・平生教育はどう学びあうか」小田切督剛さん)。
 本書の企画から刊行まで5年の歳月。ちょうど妻・富美の介護・闘病の5年と重なります。「風の部屋」の編集会議のあと食事に出るとき、上の部屋で待っていた富美が、皆さんに車椅子を押してもらってご一緒するときの嬉しそうな顔を想い出しています。皆さん、有り難うございました。
◇葬儀終わる(201170516
・暖かき声に包まれ花に埋もれ 五月の風に富美は旅たつ
・“おはよう”と声をかければ風かすか ほのかに遺影微笑むらしき


南の風3838号 (2017.5.22)
■≪島袋正敏Mon, 22 May 2017 07:08≫ *名護・蔓草庵        
  <心からのお悔やみ>
 文人先生 悲しい知らせに言葉もありません。昨夜那覇(三木健さんの「空白の移民史・ニューカレドニア」出版祝賀会)からの帰路、山口真理子さんから奥様冨美さんが亡くなられたと悲しい知らせが入りました。心からお悔やみ申し上げます。先生のご心痛を想うとつらくなります。
 時機を見てご霊前への御焼香をと比嘉久と車中で話しました。先生の腰の痛みも気になります。
 ▼(上段)左2人目に島袋正敏氏、伊藤長和さんをはさんで小林富美、2005年8月・福岡全国集会夜・油山の会


■≪松田弥花Sun, 21 May 2017 13:02≫ *東京大学・院      
 
<お悔み申し上げます>   
  小林文人先生 ご無沙汰してしまい申し訳ありません。この度は、謹んでお悔やみ申し上げます。「南の風」で富美様の悲報を拝受し、とても驚きました。富美様とは、子どもの頃にお会いしたきりで、その後きちんと御挨拶に伺うことができず、今さらながら悔やんでおります。未だ休まらないかとは思いますが、先生もご無理ないよう、どうかご自愛ください。富美様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

■≪ハスゲレルMon, 22 May 2017 12:13≫ *首都大学東京      
 
<モンゴル語・ボヤンバートル追悼詩、日本語訳>    
 奥様のご逝去、心からお悔やみを申し上げます。ボヤンバートル先生の追悼詩(南の風3835号・貼付)を日本語訳にさせていただきました。詩の才能が全くなく、十分に訳されているかどうか、自信がありませんが、少しでもお役に立てば幸いです。

  ************:
〇小林富美夫人への追悼
 初めてお会いした時から優しい女性だと思いました
 夫の良きパートナでありました
 子どもの良き母親でありました
 故人が懐かしく思い出されます
   素晴らしい先生の良きパートナーでありました
   社会人としても活躍なさっておられました
   仕事と子育ても両立させておられました
   ご冥福をお祈りいたします
  **************

■≪美酒多量(ぶ)≫  3838(2017.5.22) 新刊!『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』(エイデル研究所)のお祝い研究会(521日、風の部屋)。前号本欄に書いたように、5年の歳月を奮闘してきた編集委員会としては、待ちに待った美酒・乾杯!の日。
 ひととき悩みました。いまギックリ腰の治療をしている身、鎮痛剤との関係でお酒は控えてきました。通夜にも飲みませんでした。しかし、すでに20日が経過、そろそろ解禁か?と自分勝手な楽観論。美酒をとるか“鎮痛”をとるか。研究会(上掲・呉世蓮メール)が終わって、山添さんのシャンパンがポンと音をたてれば、迷いなく美酒のグラスを手にとって・・・実に美味しい!
  お酒への耐性が弱くなっている肝臓のことを考える余裕なく、いつの間にか“美酒多量”の盃を重ね、ほとんど前後不覚に酔いつぶれてしまいました。3階から5階へ帰るのもよろよろ。李正連さんからのメール(Mon, 22 May 2017 04:38)。
 「…韓国フォーラム、お疲れ様でした。文人先生、昨日お酒を飲まれて心配だったのですが、大丈夫でしょうか。昨日撮った写真をお送りします。昨日は出版のお祝いとともに、韓国の新政権登場でも大いに盛り上がりましたね。この勢いでこれからも韓国フォーラムをよりいっそう盛り上げていければと思います。では、今週の金曜日(26日)もどうぞよろしくお願いいたします。」
 もともと原則にしてきた「美酒少量」は、この夜はどこへやら。酔いがさめて“痛み”も出て、だらしなく酔いつぶれた悔いをのこす夜となりました。
 エイデル研究所・山添路子さんから、『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』の「南の風」向け割引特価ご案内が届いています。次号に掲載します。

南の風3839号(2017.5.25)
■≪新韓国本、韓国に上陸!(ぶ)≫                 
 本号は、久しぶりに「おきなわ短信」1247号や、今年の「七夕の会(富美を偲ぶ」77日)ご案内を載せて、発送しようとしたところ(昨晩)、ソウル留学中の松尾有美さん(東大・院)から「本が届きました!」メール。今朝は編者・梁炳贊(ヤンビョンチャン、公州大学教授、編者)さんから喜びあふれる報告が来信。日本出版『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』がいち早く韓国に上陸!したのです。急遽、両メールを冒頭記事に差し替え、本欄もいま書き変えて配信しています。本の喜びのメールはとりわけ嬉しいものです。

  松尾さん「…直接手にしてみると,なんと言いますか、とにかく嬉しいです。普通なら関わることのできない多くのことを今回の本を通して経験させていただけたこと,本当に感謝しております。1ページ1ページ,これからゆっくりと読みたいと思います。」
 本づくりは、苦労の多い仕事ですが、活発な編集作業は、大学の充実したゼミにも増して、学ぶことの多い得難い経験。今回の5年にわたる本づくりは、「あとがき」にあるように「多世代による談論風発」、日韓の新しい研究交流に寄与しようとする使命感あふれる共同作業でした。編集委員会に参加した若い世代(呉世蓮・金ボラン・松尾有美さんなど)には、これからの執筆活動に、また次に来るべき本編集に、きっと役に立つことになるでしょう。エイデル研究所からは、「南の風」読者への「特別価格」ご案内が来ました(執筆者への送付状と同じ内容)。「定価4,320(税込)のところ3,500(税込)とした上で、送料を弊社が負担」「弊社あてメールファクス(03-3234-4644)等でお気軽にご注文ください。ご注文の際は、1発送先のご住所・お名前・電話番号、2冊数、3ご請求先(発送先と異なる場合)をお知らせください」とのこと(上掲)すでに本書の中国語訳、中国での出版企画が始まっているそうです。
◇歌の工房 新しい本、酒を汲んで、富美と乾杯!(20170520
・車椅子押しくれし若き韓国の「躍動」成れり遺影にかざる


南の風3840号 (2017.5.28)
■≪横山文夫Sat, 27 May 2017 08:36≫ *NPO アイネット・エデュケーションズ
 <お悔やみ申し上げます>
 【南の風】3834号のお知らせ拝見しました。遅くなって恐縮です。このたびの奥様の訃報に接し、かける言葉が見つかりません。奥様にはお目通しの機会はありませんでしたが、先生よりご様子をうかがったことがございました。長年つれそわれた奥様を亡くされ、ご胸中いかばかりかと拝察申し上げ、お慰めする言葉もございません。この上は、お力落としのためにご健康を損われますことのございませんよう念じるばかりです。
 ご葬儀に参列できず、誠に申し訳ありません。ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げるとともに、故人のご冥福をお祈りいたします。
*ありがとうございました。(ぶ)


南の風3841号 (2017.5.30)
■≪江頭晃子Fri, 12 May 2017 20:49≫ *TOAFAEC 事務局 
 冨美さんを偲ぶ 第32回・七夕会(2017年)
 毎年、文人先生・冨美さんを囲んで行われる「新年会」に続いて、留学生に美味しいものを食べさせたい!と始まった「七夕の会」は、2017年で32回目となりました。毎年の発起人の一人であり、当初は自宅を解放して開催されてきた立役者でもあり、いつも笑顔で真ん中にいらした小林冨美さんが 510日に86歳で逝去されました。
 今年の七夕の会は「文人先生を囲み」つつ、「冨美さんを偲ぶ」楽しい会にしたいと思います。初参加の方大歓迎! 歌と踊りの持ち込みも大歓迎! 冨美さんを知っている方も知らない方も一緒に「冨美さん」を語り合いましょう。
 会場の関係で、参加される方は7月2日までにメール、電話、ファックスでご連絡ください。冨美さんとの思い出話やメッセージをお寄せくださいると嬉しいです。
〇文人先生を囲み・冨美さんを偲ぶ七夕の会世話人山口真理子、田中美奈子、木村雅俊、黄丹青、
 田邉伸子、遠藤輝喜、江頭晃子、竹中薫、
飯沢美樹
◆文人先生を囲み・冨美さんを偲ぶ 第32回 七夕会(2017年)
とき:201779日(日)午後1時〜4時30
ところ:香港料理 蘭(らん)※お腹をすかせてきてください。
tel:03-6383-2983 杉並区大宮2-14-37 -B1F
会費:アルコールなし3500円、あり4000円 のん兵衛カンパ歓迎
    (留学生1000円・学生1500円・39歳以下2500円・子ども500円)
当日連絡先:090-1548-9595(山口)  
参加申込先(7月2日締切):tel/fax042-482-9143(山口)E-mailringox@nifty.com(えとう)

■≪告別式から2週間(ぶ)≫ 南の風3841(2017.5.30)
 今年の「七夕の会」(79日午後)は「冨美さんを偲ぶ」会。故小林富美・葬儀をどうもつか(5月中旬)の相談のなかで企画されていたものですが、「南の風」への掲載は(少し先のことなので、延ばしのばしして)本号にやっと載せました(上掲)。江頭晃子さんの添え書き(Tue, 30 May 2017)、次の通り。

 「皆様、富美さんの告別式から、あっという間に2週間が経ちました。どこにも「居らっしゃらない」ということは、寂しいことです。七夕の会、6月に入ったら改めて案内を出そうと思っています。今回、いつもの香港料理「蘭」の地下を貸し切っている関係で、多くの方の参加をお願いしたいところです。時間も早めになりますので、ご留意ください。それぞれ、お知り合いに流していただきたく、よろしくお願いします。文章や申込先については、それぞれのご関係で適宜、修正していただけましたらと思います」とのこと。どうぞよろしくお願い致します。
  63日夜(日本社会教育学会・六月集会・初日)に、TOAFAEC 総会(京王線府中駅ビル7階、風3837号に案内収録)が予定されていますので、それが終わったら、あためての七夕の会・ご案内を掲載することにいたしましょう。富美は幸せものです。


南の風3842号 (2017.6.1)
■≪武田 拡明Mon, 29 May 2017 19:23≫ *もと川崎市教育委員会   
 
<川崎市の平和・人権学習の歩みの発刊について>  
 このたびの最愛の奥様のご逝去については、旅行中で葬儀に参上できず失礼をしてしまいました。奥様には、七夕の会に何度か伺い車イスの奥様のお姿を遠くから拝見しましたがお言葉をかけることもができず、大変な失礼をしました。文人先生から奥様の老々介護のご経験をよくお聞きし、先生自身の南の風送信と並行して、奥様の介護を立派に長年続けられたご苦労を想像し、本当にお疲れ様でした。奥様のご冥福を心より申しあげます。文人先生も体調を壊されないよう、ご自愛されますことをお祈りいたします。
  このたび1週刊前に先生宛てに、川崎の友人(山崎信喜さん)から、川崎市の平和・人権学級の小冊子が届いたことと思いますが、私からも「南の風」に再度、添付で経過をまとめましたので、南の風掲載をお願い申し上げます。


南の風3846号 (2017.6.14)
■≪島袋正敏Sun, 11 Jun 2017 08:23≫ *名護・蔓草庵 
 <7月9日・富美さんを偲ぶ会へ参加    
 文人先生 昨日(10日)、山口真理子さんから冨美さんのアルバム届きました。冨美さんとの出会いを、懐かしく、めくりました。「文人先生を囲み、冨美さんを偲ぶ会」(79日)へ参加させてください。比嘉久、中村誠司、島福善弘、セイビンの4名です。比嘉久が一泊二日のチケット手配中です。また連絡します。

■≪山口真理子Mon, 12 Jun 2017 15:21≫*TOAFAEC   
  <風の部屋への宿泊?>   
 今、比嘉久さん(名護市博物館長)からもショートメールがきて、七夕の会に、正敏さんたち4人が見えるとのことです。富美さんのご不幸を沖縄にどう連絡するか悩み、その後のこともどうしたものか悩み、どちらも後手後手に回ってしまっていました。配布アルバムに正敏さんと誠司さんが写っているのもあることから、結局、富美さん偲ぶ会案内「はがき」は入れないで、写真だけを送りました。ただ、七夕の会の日と、「よろしければメッセージを」とだけは添えていたものです。4人も見えることになり、恐縮ですが、ありがたくお迎えするということでしょうか。
 久さんにお電話しました。もう、航空券の手配は済ませているそうです。どこか宿(ホテル)を知らないか、と尋ねられて窮してしまいました。・・・ 
 正敏さんは、泊まれる部屋がある?と。それが「風の部屋」のことなら「男4人は無理」・・とお答えしました。「こちらで調べるから、気にしないで」とは言ってもらいましたが、翌日の帰りの便は午後5時頃だそうでゆっくりです。他にもアドバイスがあれば、お願いします。・・
  →「風の部屋の宿泊」について、下掲(後記・日誌欄)をご覧ください。(ぶ)

■≪大田昌秀氏の訃報、79日・偲ぶ会(ぶ)≫ 風3846号(2017.6.14)
 元沖縄県知事・琉球大学教授の大田昌秀さんが12日、呼吸不全・肺炎のため、那覇市の病院で死去されました。たまたまこの日が92歳の誕生日。家族や教え子の皆さんが病室を飾り付け、ハッピーバースデーを歌ったあとに、眠るように息を引き取られたそうです。久米島・具志川村の出身、父親は大田さんが1歳の時に単身ブラジルに移住し、母親のカメさんが女手一つで4人の子どもを育て、経済的にゆとりがなく、小卒後に学校の用務員として母親を助けたことも。太平洋戦争が始まった1941年、県下の優等生が集う沖縄師範学校に進学。1945年3月末、19歳の時に鉄血勤皇隊として沖縄戦に動員され、九死に一生を得て戦後へ。その後の研究・記録は『沖縄のこころ』(岩波新書)はじめ多数の著作へ結実されています。
 深いお付合いではなかったのですが、社会学者として同じ西部社会学会に所属し、私たちが初めて沖縄戦後社会教育史研究『民衆と社会教育』(エイデル研究所,1988)を上梓した際、心のこもった激励の書状をいただいたことを憶えています。とくに晩年には「沖縄国際平和研究所」理事長として、理論・運動の両面で平和のテーマを追及され続けた姿は、まぶしいものがありました。
 本号の余白がなくなりました。冒頭記事のように、名護から4人のお歴々が7月9日「富美さんを偲ぶ会」に参加されるとのこと。恐縮しています。「風の部屋」の宿泊は、山口真理子さんが心配されるように(上掲)、4人の大男にはせま過ぎるのですが、幸い冬ではなく布団は大丈夫、ぜひ4人ご一緒に押し合いへしあいしてお泊りいただき、雑魚寝をお楽しみいただたきたく、お願い申しあげます。


南の風3854号号 (2017.7.8)
■≪明日9日、七夕の会・富美「偲ぶ会」(ぶ)≫        
 久しぶりにソウルからの風(松尾有美さん)。有り難う! 間があいていたので、調子でも悪い?かなと少し心配していました。お元気そうで何より。
 同じ日(77日)、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が訪問先のベルリンで行った外交演説、とくに南北関係を主題にした包括的な方向が伝えれました(朝日新聞7日記事、上掲)。興味ふかし。
  北朝鮮によるミサイル挑発(ICBM発射)を「無謀な行為だ」と批判しつつ、「北朝鮮の崩壊を望まず、吸収統一を推進しない」「北朝鮮の体制を保障し、半島の非核化を求める」などの姿勢。かってベルリンの壁が壊され、東西ドイツの統合が進められた地で、「吸収統一を推進しない」の演説。
  しかし「演説内容は、盧武鉉(ノムヒョン)政権など過去の政権で打ち出した考え方や、これまでに南北間で進めた事業がほとんどで、新味に欠ける」との評価です(上掲)。そうかな。政権交代前の朴槿惠大統領の北への強硬姿勢と比べると、「条件が整えば、いつどこでも金正恩委員長と会う用意がある」など新鮮な演説として心に残りました。
  明日9日午後は、私たちの七夕の会(第32回)。今年は5月に亡くなった妻・富美を「偲ぶ会」となりました。皆さま、お出かけください。
 沖縄・名護からは、ご存知の島袋正敏、中村誠司(名護市史編纂)、島福善弘(前博物館長)、比嘉久(現博物館長)の各位がお出でになります。その他各地から多数のご参加。富美も幸せです。4人のお歴々は「風の部屋」に雑魚寝していただく予定。夜の部は、名護を語り、島酒を楽しむ会となりましょう。せまい部屋ですが、お気軽にご参加を。この機会に沖縄を語りあいましょう。


南の風3856号号 (2017.7.11)
■≪江頭晃子Tue, 11 Jul 2017 00:38≫*アンティ多摩、七夕の会世話人
  七夕会にご参加、ありがとうございました!   
 七夕会(富美さんを偲ぶ会)にご参加くださった皆様へ。昨日(9日)は、七夕会に多くの方にご参加いただき、本当にありがとうございました。とても、にぎやかな会になり、富美さんもきっと一緒に楽しんでくださっていたと思います。
 参加者皆様のメールアドレスが分かりません。お知り合いの参加の方がいらしたら、ご転送いただけると助かります。どうぞよろしくお願いいたします。
 次回は新年会です。また、毎月最後の金曜日に「東アジア社会教育研究会」(TOAFAEC)も開催しています。ぜひご参加くださると嬉しいです。詳細は先生のHPに予定が掲載されますので、ご覧ください。
 木村雅俊さんが写真を撮ってアップしてくださったので見てください。木村さん、いつもありがとうございます〜。

■≪木村雅俊Mon, 10 Jul 2017 15:49≫ *農工大学OB 
  Snap Shot   
 昨日(七夕の会)は、日頃の空間とは異なった時空に入り込ませていただき、貴重なひと時を過ごさせていただきました。いつもながら頭の洗濯をさせていただき感謝です。早速ですが、下記URLに動画とSlideUpload致しましたので、Download下さいますようお願いいたします。まずは取り急ぎ連絡まで。URL略

■<メモ> 小林(旧姓・坂口)富美さん・略年譜(七夕の会・配布)表紙ご参照を。

■≪山本千恵子2017/07/09≫ *東京学芸大学OG,もと小学校教師  
 富美さんの想い出 
・・・富美さんは骨折された頃から、お元気がなくなったと感じていましたが、逝去されていたとは驚きました。私が一番よくお目にかかっていたのは、40代の富美さんだったのですね。宏君がまだ小さく、先生も富美さんもお出かけのとき、宏君と二人でお留守番をしたのが最初でしたが、その時は、まだ30代の富美さんだったのかもしれません。富美さんは、学生の私たちの世話をいろいろとやいてくださいました。
 197211月、私の結婚式には仲人ををして下さり、その頃、一番お会いしたと思います。私が新卒、夫は学生でした。私の両親は心配していたと思いますが、先生方に仲人をしていただけることになり、安心したようでした。子どもたちの誕生にも気をかけてくださり、その後も成長の節目には声をかけてくださいました。卒業後は先生より富美さんとのお付合いが多かったと思います。・・・(長文・略)

■≪北海道から南は沖縄まで(ぶ)≫ 南の風3856号(2017.7.11)
 <七夕「富美さんを偲ぶ会」>」
「富美さんを偲ぶ会」には、北は北海道から南は沖縄まで多数の方々にご参加いただき、有り難うございました。沖縄・名護の皆さんは朝未明に出発、お昼前には小林宅へ。やんばるで朝摘みの洋蘭の大束をかかえて会場へ。会場では日中学院の胡興智さんが富美鎮魂の別の生け花を制作中。富美の遺影は文字通り花々に包まれました。

 たくさんのメッセージかよせられました。ぶんじんと富美夫妻は、振り返ると数えることが出来ないほど、仲人・媒酌人・立ち合い人などの役を仰せつかってきましが、その第1号(1972年)は山本(旧姓・原)千恵子さん。「富美さんの想い出」()(上掲)は、国立市富士見台に住んでいたころの話(1970年代)。「卒業後は先生より富美さんとのお付合いが多かったと思います」と。
 ご参加の皆さん、お疲れさまでした。夜の「風の部屋」だけの方まで加えると、多分50人を超えていた?のでないか。お話、歌、ギター、トロンボーン、踊りと賑やか。「偲ぶ会」は静かに湿っぽくなりがちですが、天の風になった富美が、いつもの「七夕の会」を求めていたのでしょう。
 ご出席の方だけでなく、村田正幸(松本)、横山孝雄(福岡)、玉那覇正幸(宜野湾)、滝沢博子(東京)などの皆さんから、お酒、かるかん、田いもパイ、紹興酒など。どなたから戴いた分からない菓子折も数箱。ここでまとめて御礼申しあげます。しかし失敗談もいろいろ。名護の皆さんは「風の部屋」にお泊まりでしたが、用意のフトンを使われず(東京側の大失態)、当夜はほとんどで徹夜気味か。10日は名護へ。さぞかしお疲れになったことでしょう。
 七夕の会の終わりの集合写真、木村さんのメールから1枚ダウンロードしてHPに掲げました。当日の記録、どなたか「風」に寄せていただければ幸い。
西永福「蘭」「富美さんを偲ぶ七夕の会」


南の風3857号(2017.7.13)
■≪9日夜の「風の部屋」−失敗とスタート(ぶ)≫           
 国立大学協会・専務理事の山本健慈さん(前・和歌山大学長)、2017年度以降も再任された由の「ご挨拶」をいただきました(上掲)。並々ならぬお仕事、「度量も越え忍耐にも越えるところ」などのご苦労、そのうち、お話を伺いたいものです。
 9日夜の富美「偲ぶ会」、終わってもまだ熱気・余韻が残っています。久しぶりの方がたくさん見えたのに、ゆっくりお話しするかたちにならず、悔いも残りました。告別式をお知らせできなかった近い親戚も。積る話、富美の想い出などさまざま。そのうちに何か機会を見つけたいと思っています。
 さて9日夜「風の部屋」にお泊りの名護4人衆へのお詫び。1週間ほど前に山口真理子・江頭晃子ご両人が押し入れのフトンを干し、前日には真理子さんが奮闘して畳の間の空間を広げ(本・資料を整理)、掃除・準備怠りなく万全を期したはずでした。しかし当夜、押し入れのフトンのご案内を失念。ぶんじんも疲れて自室へ(失態!)。皆さんは結局、フトンなしの夜となり、まことに申し訳ありませんでした。
 風の部屋・秘蔵のアワモリ古酒(クースー)カメは、島袋正敏さんの「仕次ぎ」をお願いできました。新しく瓶詰め古酒(2瓶)も注ぎ込み、三つのカメが落ち着きました。これまで少し乱雑に蓋を開けていたのです。次はどの時点で、25年もの古酒を(秩序正しく)汲み出すか。新しいスタートにたち、次が楽しみです。


南の風3859号(2017.7.17)
■≪島袋正敏
Sat, 15 Jul 2017 09:03≫ *名護・蔓草庵       
  <「冨美さんを偲ぶ会」に参加して>   
「冨美さんを偲ぶ会」へ参加させていただきありがとうございました。あらためて冨美さんのことをより知る機会になりました。これまで「風の部屋」には何度も寄せていただきましたが、その都度、冨美さんにはお風呂の準備などあれこれとお世話になりました。名護での交流も懐かしく思い出されます。
 先生もお一人で不自由なことが多々あるだろうと思いますが、ペースを緩やかにされながらご自愛ください。 今回の風の部屋は、ボク1人だけベッドで、3人は座布団を寝床に熟睡したようです。山口真理子さん、江頭晃子さんが何日も前から寝具を整えてくださったのに申し訳なく思います。
 翌朝は先生へご挨拶もせず多摩霊園へ。徳田球一、宮城与徳、尾崎秀實、ゾルゲとなかまたち、の墓前へ手をあわせてきました。
 蔓草庵のサガリバナも無数に咲き誇り香りを放っております。先生も無理せず強烈な紫外線の猛暑をやり過ごしましょう。

■≪南北交流の動き(ぶ)≫   
 名護・島袋正敏さんからのメール(上掲)ありがとうございました。名護4人衆、東京「七夕・偲ぶ会」にお出でいただき、あらためて御礼申し上げます。お疲れがあったに違いないとひたすら恐縮しています。







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